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ちょっとひと言

人間味

David S. Platt

このスクリーンショットをご覧ください。ここで示しているのは、Microsoft Office Word 97 で導入され、Word 2007 ではメニューと共に削除された、画面上を自由に移動できるメイン メニュー バーです。ところで、メイン メニューを自ら "望んで" 動かしたことってありますか。そんな場面を見たり、そんなことを希望しているユーザーに出会ったことはありますか。ないでしょう。私もありません。だいたいは、朝、コーヒーを入れ過ぎてしまい、ファイル メニューにマウス ポインター合わせようとして 1 ~ 2 ピクセル行き過ぎ、偶然動かしてしまうような場合だけでしょう。そうなると、思考の流れをいったん止め、バーを元の場所にドッキングし、この動作を生み出したプログラマに 30 秒ほど悪態をつくことになります。たいした時間ではないようにも思えますが、この 30 秒が 1 日に 2 回、1 億人のユーザーがこれを繰り返すと考えてください。Word は、この愚かな動作により、1 日に 27 人分の寿命を無駄にしているとも言えます。こんなこと言わせないでください。


移動可能なメニュー バー: よくないアイデア

この機能が問題なのは、ユーザーがマウスをクリックする動作に正確性を求め、不正確だとユーザーを罰するという点です。ユーザーに対する基本的な人間的配慮が欠けているどころか、それを否定しています。コンピューターは勤勉かつ完璧で正確ですが、人間はそうではありません。だからこそ、私たちにないものを補うためにコンピューターを発明したというのに、この機能は、ユーザーがより機械的になり、人間らしくなくなることを求めています。ユーザーに対して無礼なだけでなく、むしろ逆効果で、哲学的にも間違っています。これはもはや、機能とは言えません。私たちの目的は、お金を払ってもらえるようにユーザーを幸せにすることだからです。当時のコンピューター ソフトウェア産業が未成熟だったことを考えると、この機能がどれほど悪いものか試してみるまではわからなかったこともあり、そのため、ソフトウェアの進化に必要な段階を表していると理性的に論じる人もいます。それに、この機能のせいで亡くなった人はいません (少なくとも私は存じません)。ですが、ユーザーへの誤った対処から学んだことを取り入れ、正しく対処するためにその知識を使用するときが来ました。

こうした進化は、Word のオートコレクトに見ることができます。これはたいへんすばらしい機能です。私は、入力の速さよりも考える速さのほうがずっと勝っています (たいして速く考えられるわけではありません。専門家のわりには入力するのがかなり遅いだけです)。思いついたことを忘れないうちに Word に急いで入力しようとして、片手がもう片方の手よりも速く動き、"the" と入力するところを "hte" と入力してしまうことがあります。

Word では、入力するのを止めて誤りを正すことを求めるためにアラームを鳴らすこともなく、「the の間違いではありませんか」とたずねるダイアログ ボックスも表示しません。後で確認しやすいように、その箇所の下に赤い波線を表示することもありません。代わりに、自動的に入力ミスを修正し、まるで魔法のように、"hte" が本来入力するはずだった "the" に変換されます。Word ではその動作を行いながら、「睡眠不足で、カフェイン中毒の Plattski さん、ご心配なさらずに。言いたいことはわかります。失敗の後始末はしておきますから、どうぞ大言を吐き続けてください」と語りかけます。すべての誤ったスペルや、その他の入力ミスに対しても同じ処理が行われ、増え続ける大量のメモリに記録されます。

この機能は、コンピューターの能力を最大限に活かすためにコンピューターを使用しているので、ユーザーも、自身の力を最大限に発揮することができます。ユーザーの人間性が理解され、尊敬されるだけでなく、その人間性を高めることもできます。これこそが、コンピューター ソフトウェアが本来あり得る姿、また、あるべき姿です。

想像してみてください。同じプログラムに 2 つの機能があるとします。一方は、より機械的になることを人間に求め、もう一方は、人間をより人間らしくすることができます。どちらを使用しますか (ええ、わかっています。読者の皆さんは専門家で、だからこのマガジンを読んでいるのでしたね。では、お金を払うユーザーならどちらを使用すると思いますか)。もっと論理的なものに進化することをどれだけ願おうとも、人間は人間であることをいつ何時もすぐにやめたりはしません。優れたアプリケーションはこのことを認識しており、人間が機械的になることを無駄に期待する代わりに、ユーザーに順応します。

David S. Platt は、ハーバード大学の公開講座や世界中の会社で .NET のプログラミングの講師をしています。『Why Software Sucks...and What You Can Do About It』(Addison-Wesley Professional、2006 年) や『Microsoft .NET テクノロジガイド』(日経BPソフトプレス、2001 年) などの、11 冊のプログラミング関連の書籍の著者でもあります。2002 年には、マイクロソフトから Software Legend に指名されました。David は、8 進法で数える方法を学べるように、娘の 2 本の指をテープで留めるかどうか悩んでいるところです。連絡先は rollthunder.com (英語) です。