October 2015
Volume 30 Number 10
ちょっとひと言 - 時代錯誤
David Platt | October 2015
コンピューターおたくは、常に最新テクノロジに通じていることが誇りです。後れを取るまいと、自動更新を駆使し、最新のスマートフォンに乗り替え、最新アプリをダウンロードして、目新しいスラングを使いこなします。しかし、自作のアプリはどうでしょう。ユーザーとやり取りする方法は昔から変わらず、プログラムは時代錯誤に陥ったままです。
dictionary.com (英語) によれば、「時代錯誤」とは、「物事が、存在する時代にそぐわないこと。特に、明らかに旧態依然としていること」だそうです。古典的な例ですが、シェイクスピアの『ジュリアス シーザー』では、キャシアスが「時計が 3 時を打った」と言っています。ローマ人は打鐘時計を発明してはいませんでした。しかし、「日時計が 3 時を指している」という表現もふさわしくなかったのだと思います。特に、曇りがちな英国では。
時代錯誤は画像によく現れます。Windows 10 (本稿執筆時点はリリース後 1 か月未満) の保存ボタンのアイコンはフロッピー ディスクの画像です。最後にフロッピー ディスクの現物を目にしたのはいつのことでしょう。ましてや、フロッピー ディスクを使ったことがある人はどれほどいるでしょう (米国空軍のミサイル格納庫ではフロッピー ディスクが現役のようです。slate.me/1LOAwzR (英語) 参照。喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのかはわかりません)。USB スティックの登場でフロッピー ディスクがお役ご免になってから 10 年ほどになります。しかし、保存を意味するものとして画像だけが今も生き残っています。
時代錯誤は、時代遅れの言葉としても現れます。「ディスク ドライブ」という言葉があります。「ディスク」は円形を示し、「ドライブ」はある種の動きを示唆しています。最新のソリッド ステート ディスク ドライブは円形でもなく、動くこともありません。
サウンドにも時代錯誤が見受けられます。Quicken に請求書を入力すると、「キャシーン」というサウンドが再生されます。このサウンドは、久しく見かけない古風な機械式キャッシュ レジスタを思い起こさせます。請求書自体も随分前から時代錯誤と言われるようになっています。
最新スマートフォンのカメラはどうでしょう。写真を撮ると、「パシャッ」という機械的なシャッター音が響きます。先月号 (msdn.microsoft.com/magazine/mt422590、英語) で触れたように、このノイズが近くのトラをいら立たせ、それが人生最後の自撮りとなるのではないかと思わせます。
現在アジアで販売されているほとんどのスマートフォンでは、法律上、シャッター音をオフにしたり、変更したりすることができません。その揺るぎのない目的は、近くのだれかが写真を撮っていることを、盗撮の標的となっている人に警告することにあります。このことがシャッター音のしないスマートフォンを密売するという、新たな非合法市場を作り出すかもしれません。この法の推進者は、スマートフォンのスピーカーに粘着テープを貼り付ける悪人がいることを考えなかったのでしょうか (これは、ソフトウェアの問題をハードウェアで解決するすばらしい例です)。粘着テープまで非合法になれば、粘着テープを使用する人はだれもがおたずね者になり、粘着テープを秘密兵器にする便利屋 Red Green (redgreen.com、英語) は用心しなくてはならないでしょう。
いつの時点で時代錯誤の本来の意味が忘れられ、現代の語彙としての地位を確立するのでしょうか。現代のデジタル ネイティブ (Mark Prensky の造語。基本的に 30 歳未満の人を指す) のほとんどが「キャシーン」という音から思い浮かべるのは、機械式キャッシュ レジスタではなく、Quicken です。デジタル共生者 (筆者の造語。msdn.microsoft.com/magazine/mt147245 参照。基本的に 5 歳未満の人を指す) は、生まれてから 1 回もキャッシュ レジスタの音を聞いたことがありません。今後も、博物館でしか聞くことはないでしょう。画像や言葉やサウンドが本来の意味を失い、単なる恣意的なパターンとして受け入れられるようになるのはいつでしょうか。PC ユーザーの多くがオリジナルのアイテムが過去のものになったと認識したとき、あるいは (時間はかかりますが) オリジナルのアイテムを使っていた人の多くが PC ユーザーではなくなるときでしょう。
現在のコンピューティング テクノロジのうち、次は何が現実の世界から消え、時代錯誤なアイコンとして幽霊のように生き残るのでしょうか。Annabelle と Lucyの子どもたちがツールバーの画像を指して、「おじいちゃん、"プリンター" ってなーに」と聞く姿が目に浮かびます。
David S. Plattは、ハーバード大学の公開講座や世界中の会社で .NET のプログラミングの講師をしています。『Why Software Sucks...and What You Can Do About It』(Addison-Wesley Professional、2006 年) や『Microsoft .NET テクノロジ ガイド』(日経BPソフトプレス、2001 年) などの、11 冊のプログラミング関連の書籍の著者でもあります。2002 年には、マイクロソフトから Software Legend に指名されました。David は、8 進法で数える方法を学べるように、娘の 2 本の指をテープで留めるかどうか悩んでいるところです。連絡先は rollthunder.com (英語) です。